
アロ~ハ~オエ~♪♪(・◇・) ハワイアンミュージックと言えばよく耳にする“アロハ オエ”ですね!
この、名曲 “アロハオエ”を作った ハワイ王朝最後の女王 リリウオカラニのお話を少し紹介しますね。
大英帝国ビクトリア女王のジュビリーを祝う為、カラカウア王のお后カピオラニに随行しリリウオカラニが首都ロンドンを訪れていた1887年7月カラカウア王は西欧人主体の経済界からの圧力の下、その権力を内閣に分散し、国外からの居住者にも一定の基準の下で選挙権を認め、ハワイアンの選挙権を実質的に制限する内容の新憲法に署名をせざるを得なくなりました。女王一行はその報を受け、急遽欧州大陸への旅行を諦め、帰国したそうです。そして1891年1月、リリウオカラニはサンフランシスコでの兄の客死を受け、仕方なく1887年制定の憲法を遵守するべく宣誓を行い、第8代の女王に就任しました。
1893年1月、女王はハワイアンの権利を取り戻すべく、カメハメハ五世制定の憲法に近い新憲法の発布を試みますが、一部の大臣達の合意を得られず延期・・・(いつの時代でも政治ってうまくいかない様ですね)そしてこの状況の中で1月17日に退位を決意するに至ります。1895年1月には王政復古の武装蜂起が起こり、元女王はハワイ共和国政府により反逆罪で逮捕、その後イオラニ宮殿に八ヶ月間も幽閉されてしまいました。その間に作曲したと言われているのが「アロハオエ」、ハワイ王国とハワイの人々へのお別れの曲になってしまいました。明るいイメージのあるハワイアンミュージックにも時代時代の悲しい背景や人々の思いが綴られているんですね。
ちなみに、今では人気のハワイアンジュエリーもリリウオカラニが喪に服する時の装飾品として作り、身につけたのが始まりです(・o・)b